摩耶山の麓から

Mt.Maya Without a Map

摩耶山702標高点を探してみる(現地編)

高島トレイルの疲れはあるが、一日2万歩のペースも崩したくなくて、

普通に歩いて摩耶山上に来た。野坂岳でスマホの地図アプリが上手く

使えなかった反省から、練習がてら或る探し物をしてみようと思った。

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やって来たのは摩耶山の三角点。木漏れ日で画面が見難いが現在地は

ちゃんと三角点の中。左上の標高表示も698.6mと正確。探すの

は702mの標高点。こんなブログをしながら、未だ何処か知らない。

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高島トレイルから野坂岳へ 参日目

昨夜も何故か寒かった。避難小屋の中で風も吹きこまないし、床が冷

たい訳でもない。下半身が化繊のズボン一枚だったことが原因かもし

れない。着替えもタイツも持っておらず、汗で湿ったままで寝ていた。

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野坂岳の避難小屋にお世話になるのは20年ぶり。前回は1999年

11月。岩籠山、野坂岳、西方が岳の敦賀三山を周回した。その時と

変わらない姿に安堵する。避難小屋の周りは綺麗に草刈りされている。

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4時過ぎには目が覚めた。5時ごろ出発の準備をしていると、小屋前

を小走りに山頂へ向かう足音がした。平日なのにまさかとは思ったが、

後々の登山者の多さから考えると満更でない。5時45分に下山開始。

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三の岳、二の岳と下って、一の岳では登って来る三人組のハイカーと

出会った。その後も一定の間隔でハイカーとすれ違う。いこいの村

の間だけでも、6組9名。神戸の毎朝登山みたいだけど年齢層は若い。

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一の岳以降は道が広くなる。こんな道だったかな。20年前の記憶は

残っておらず、もっと以前の中学校の遠足で来た時の事を覚えている。

当時は藪道で、遠足の前には父兄が草刈りをした。笹の切り株が鋭く

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尖っていたことを覚えている。林道からテレビの電波塔に立ち寄った。

今歩いてる道は路傍に笹薮もないし、電波塔にも寄らない。そもそも

全く別の道だと気が付いた。遊歩道と云っても良い道をドンドン下る。

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麓の案内図によると昭和62年に、林間歩道が整備されたようだ。遠足

に来たのは、それよりもずっと前だから、違う道を歩いていたのだろう。

いこいの村の駐車場では、まだ早朝の時間帯なのに、出発の準備をする

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イカーがとてつもない大声で話している。ここだけ時が止まったよう

に昭和の日本人団体観光客の振る舞い。駐車場から数百メートル離れて

もその声は響いていた。どうも福井県の山では昔から良い思い出がない。

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いこいの村からJR粟野駅へは旧知の道と思いきや、2014年に開通

した舞鶴若狭自動車道が行く手を遮り、どう行けばよいのかわからない。

こんな所でスマホの地図アプリを起動して、どうにか金山集落に抜ける。

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旧国道27号線、桜ケ丘交差点。右手が敦賀連隊の跡地で入口には歩哨台

が現存している。もちろん建物などは変わっているが、50年近く前と

それほど雰囲気は変わっていない。片側一車線で現在は県道225号線。

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連隊跡地は公営住宅が並んでいる。自分が住んでいた家は5階建の団地

になっていた。上の写真の市営住宅は当時は平屋と思っていたが、立て

直され古びたのか?。毎日野坂岳を見ながら登ったのは遠足の一度きり。

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旧国道27号線を東に向かって粟野中学校のはす向かい。ソースカツ丼

有名なヨーロッパ軒金山店。当時新開店したので一度だけ食べに行った。

以来45年近く営業してるので、それなりなんだろう。お勧めはしない。

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こちらが現在の国道27号線。片側2車線で郊外型のスーパーや飲食店

が数多く立ち並ぶ。敦賀の商圏にこれほどの需要があるとは信じがたい。

昔日、この辺りは野原だった記憶しかない。驚きつつも東へ歩いて行く。

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敦賀駅に到着。駅舎自体は左側の小さな建物で変わっていない。右側の

大きな建物に待合室と観光協会の案内所が新設された。CAばりの制服

に身を包んだ案内嬢に、敦賀市内のバスは一律200円と聞かされ驚く。

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浦底まで乗っても200円だそうで、三方が岳へ行こうかしばし迷った。

だが蒸し暑い曇り空では又の機会にしようと、京都行の切符を買って又

驚愕1660円て何なんだ。血圧が上がったみたいでクラクラしてきた。

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高島トレイルから野坂岳へ 弐日目

高島トレイル、大御影山での一泊。やっぱりシュラフカバー1枚では

寒かった。芝地を選び、家族に多いと文句を言われつつ、銀マットも

2枚持って来たので、地面の冷たさは感じなかったが、なぜだか寒い。

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ウィスキーを360mlを持って来たが、ほぼ一晩で飲んでしまった。

4時半には明るくなり起き出す。白米1日2合は家族の言う通り多か

った。夕食、朝食でも食べきらず、昼ごはん用にオニギリにしておく。

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高島トレイルから野坂岳へ 壱日目

急に何処かに行きたくなった。ガイドブックのコピーの束を手繰ると、

高島トレイルの記事が出てきた。何年か前に図書館で借りた本をコピ

ーしたもの。通して歩くことに魅力は感じないが、歩きたい山はある。

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計画は2泊3日で作ったものの、実際に行くかは前日まで迷っていた。

それだけの荷物を背負って歩ける自信がなかったから。早朝に阪急夙

川駅から烏丸駅へ。JR京都駅まで歩き近江今津駅。JRバスで保坂。

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リハビリ山行 青谷東尾根から山寺尾根へ

6月9日になったギックリ腰は存外に軽傷だった。翌日こそ起き上がる

のも苦痛だったが、翌々日には歩く分には支障無くなった。一方家族は

不調が続いている。晴れの予報を聞いて、リハビリの口実で山に向かう。

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久しぶりにJR灘駅から、王子公園を抜けて行く。今日は普通の山道を

歩くことにする。晴れてはいるが湿気を感じさせる。西郷川沿いに進む。

青谷道に入る前に確かめたいことがある。地理院地図には青谷東尾根に

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西谷の支谷から山羊戸渡632ピークへ

まだ家族は夏風邪中。週間天気予報を見ると曇りの日が多い。日曜日

だが天気はよさそうなので山に行こう。先週の記事を書くのに、地形

図を見ていたら、西谷から山羊戸渡632ピークへ向かう支谷がある。

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西谷の二俣の手前辺り、そんな所に左岸から谷が流れ込んでいたかな。

記憶にないが確かめてみよう。今日も山田堰堤上から入渓する。下る

途中で石車に乗り、バランスを取ろうとして、ギックリ腰を再発する。

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長峰山東面の支沢から天狗塚へ

相変わらず何処に行こうか、目標を持てずにいる。力量との兼ね合い

で行ける所は限られてる。頼りの家族は夏風邪をひいてダウンしてい

るし、難しくなくて歩いていない所を脳内で検索して、どうにか計画。

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阪神御影駅から16系統のバスで六甲ケーブル下まで乗車。転居前は

阪急六甲が起点だったので、六甲登山口の交差点から、六甲川沿いに

歩くことが多かったが、すっかり軟弱になってしまった。S字カーブ。

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