昨日4月1日は快晴だったが風が強かった。かなり気温も低く外出を
ためらった。明けた2日は土曜日。どこか人に出会わない所を歩こう。
先日、芦屋神社で満開だったしミツバツツジが期待できる所にしよう。
北山公園は人が多いだろうから、ゴロゴロ岳の南向きの尾根に決める。
阪急バスで霊園前バス停。相変わらず出発が遅く、この時点で11時。
桜は一気に開花して満開になっていた。その割に散策する人は少ない。
墓参りに来て掃除する人は三々五々いらっしゃるが、シートを広げる
人はいない。やはり気温が低いせいか。花見しながらブラブラと歩く。
霊園上端に獣除けフェンスが張り巡らされ、入山できる所は限られる。
霊園の東部では20地区の奥一か所。最盛期ならこの付近もツツジが
満開なんだが、まだ早かったみたい。入口手前の山桜も咲いていない。
今日は深谷の左岸尾根を歩くつもりだ。此処から東へ200m足らず。
その僅かな距離に険しい尾根や谷が入り組んでいる。ところがハムは
その事をすっかり忘れていた。適当な所でトラバースして行き詰まる。
その度に下って行く。最後は急斜面を谷に下り、ようやく記憶が戻る。
そうだ獣除けのフェンスに沿って歩けば良かったんだ。入山した地点
からは、かなり下ることを忘れていた。警察学校との境にある尾根が
平坦になる箇所からは、フェンスを離れて東側へトラバースして行く。
以前は明瞭な踏跡があったが今回は藪が繁って分かり難い。それでも
傾斜が緩むので何とか歩いて行ける。ようやく警察学校裏の谷に着く。
扉から30分も掛かってしまった。この谷の左岸が目的の尾根である。
この左岸も急峻な斜面で、毎回尾根に乗るまで苦労している。前回は
どう歩いたかな。さて何処から取りつこうか迷ってしまう。少し上流
へ進む。石積み堰堤が一つあり苔むした天端にはスミレが咲いていた。
前回は石積み堰堤より下流で古い道跡に出会ってるし、前々回は天端
から取りついている。どちらも楽な道のりではなかった。左岸の傾斜
が緩む所を探しもう少し谷を遡行しよう。次の堰堤は右岸から越える。
堰堤上に変な岩があった。此のまま遡行を続けても、何か面白い物に
出会えるかも知れない。実は左岸の急斜面を上がるのが面倒になった
だけだろう。楽なルートを選ぶのに何か理由を探していたんだと思う。
更に尾根に出てもミツバツツジの開花も期待できない、という理由も
こじつける。谷歩きの用意はないが恐らく難所はないだろう。予定を
変更してこのまま遡行を続けることにする。水流がごくわずかに続く。
岩を積み上げただけの堰堤が現れる。この谷を某有名サイトでは剣谷
とされていたが、芦屋市発行の地図に深谷と記されており、当ブログ
も従う。地理院地図に記載の剣谷は、地名であって谷の名前ではない。
家族が前で何か言っている。流れの中の丸い岩の苔を持って帰りたい
ほど気に入ったらしい。そもそも苔なのか。谷全体を通しても此処の
一か所しかなかったので、よほど生育環境が恵まれた場所なんだろう。
大した変化はないかと思っていたが、左岸前方に大きな岩壁が現れた。
地学的な知識は全くないけど、断層が地表に表れているかと思われる。
30~50cmの塊が積み上がったような岩で、花崗岩とは全く違う。
意外な事に3m程の小滝が現れた。この滝は花崗岩である。左岸の壁
との対比で、それなりの景色を作っている。水流は三条に落ちている。
右岸からも巻き上れそうだったが、家族は登れそうだから行けという。
滝身の右岸寄りがスタンス多い。濡れた所は滑るし浮いた岩も多いが
難しくはない。別れて巻き道を探るよりは良いと思い、骨折後絶不調
の家族も呼び寄せる。落口の上流付近は左岸の壁が垂直に迫っている。
しばらくで頭上に高圧電線が見えて来た。東西斜面に山仕事用ピンク
テープが続いている。関電の巡視路だろうか。それに河原には路肩を
石で固めた道跡も現れる。右岸斜面にも石積みが斜上しているようだ。
更に遡行すると河原の中央に5m以上ありそうな巨岩が鎮座していた。
家族は向って右から巻いて行ったが、左に踏跡とピンクテープがある。
踏跡は岩の上を渡って両岸に続いており、これも巡視路かも知れない。
遡行を切り上げ踏跡を辿れば容易に尾根に出られるが、何となくまだ
見所があるのではと思い遡行を続ける。さて粘着性の無いピンク色や
赤テープは、測量や関電の山仕事用のマーキングであると思っている。
特徴は30cm以上の長さでヒラヒラしている事。工事費で賄うので
使い惜しみしていない。同じピンクテープでも丈の短いのはハイカー
が拾って二次利用している可能性が高い。松の木に可愛らしいキノコ。
石積みが沢山あると思ったら炭焼き窯跡だ。周囲には小屋掛けの跡も
感じられる。往時には搬出用の道もあったはずで、それで下流に道跡
らしきを見たのか。左岸の尾根を越えてユルキ谷へ下ったのだろうか。
川床にクジラの背のような岩。岩盤が露出している訳でなく、細長い
岩が転がっているだけだろう。さて現在の地理院地図ではごろごろ岳
だが、昭和11年発行「近畿の山と谷」には、剣谷山と記されている。
それが当時の標高565.6mから転じて今の名になったというのが
最有力だが、雷の観測施設があったのでその擬音から付いたという説
もある。ハムは単純に巨岩がゴロゴロしているから説を唱えてみたい。
そんな事を考え乍らゴーロを越えて行くと、また河原の中央に巨岩が
鎮座していた。僅かな水流が岩の下を流れている。家族が岩が浮いて
いるみたいとか言ったので、近寄ってみるとまんざらでもない表現だ。
高さ5m近い巨岩の基部は、幅1m弱しかないように見える。今にも
グラッと倒れて来そうで慌てて離れたが、実際には奥行きのある岩で、
この背後の大きな部分が土砂に埋まっていた。この先は傾斜が上がる。
両側の尾根が低くなる。もうすぐ左岸尾根が斜面に吸収されるのでは
と思ったのだが、それからも延々とゴーロの積み重なりが続く。この
山の地形は判っている積りだったが、どうも甘く見過ぎていたようだ。
河原にタガネの跡のある方形の岩を見るようになる。此処が採石現場
だった訳でなく、右岸尾根の採石場から転がり落ちて来た物であろう。
水流が無くなると岩の間に草木が繁って、段々と歩き難くなって来た。
20分ばかり同じような所を歩いていて飽きて来た。主な原因は自分
自身の歩みの遅さ。今日の最終目標は山頂ではなく新神戸線三九鉄塔。
高圧線が見えないか何度か見上げているが、全くその気配も感じない。
谷中央に巨岩が埋まっている所でギブアップ。もう遡行は打ち切ろう。
右岸尾根に逃げる事にする。さして意欲なく始めた遡行なので諦める
のも早い。斜面を適当に斜上して行けば尾根上に一般道があるはずだ。
上るにつれて大岩が点在するようになる。やがて見上げるような巨岩
も現れたが、既知の岩ではなかった。こんな巨岩が尾根上には幾つも
あるようだ。何となく思っている以上に標高の低い所を歩いてるよう。
13時53分に一般道に飛び出したが余り記憶にない所だ。期待では
柿谷コースが前山コースに合流した上部で、東側に分け入る巡視路に
出たかった。だが真っすぐの道なので、まだ前山コースにいるみたい。
道の脇にタガネの跡が十字に残る岩場が現れた。数年前に岩の周囲が
伐採されて展望が良くなった所だ。既に14時を過ぎている。今日は
此処で昼食を摂って帰ることにしよう。標高は450m位の地点かな。
昨日、家族が元町のRIKIでバゲットを2種買って来た。以前より
1割以上値上げされているようだ。開業当時はバゲット1本1ユーロ
を標榜されていた事を思うと高くなったが、他店より安くて美味しい。
ニンジンを薄く切ってオリーブオイルと酢に漬けたキャロットラペが、
最近我が家のお気に入り。チーズやトマトとパンの上に乗せただけで、
調味料なしで十分に進む。食事を終えると14時45分、もう帰ろう。
前山コースをそのまま下ると自宅には遠くなるので、途中から深谷の
右岸尾根に入って行く。古い私製道標が分岐にあるが、次回来た時に
残っているかどうか分からない。尾根に乗りきるまでは踏跡は怪しい。
下るにつれて道がしっかりして来る。ボルダリングのゲレンデとして
利用されており道や岩の周囲が切開かれている。歩くのは確か3度目
のはずだが、記憶よりも急な道だった。尾根上では二か所展望がある。
咲いていないかと思ったミツバツツジだが、標高が下がると彼方此方
に開花した株が現れる。今朝開いたような瑞々しさで花弁の色も濃い。
若葉は芽吹いておらず、花弁だけフワフワ浮いている様子が好ましい。
この尾根では末端まで下りきらずに、途中で右側へ下らねばならない。
ツツジの花に見とれていたせいか、その分岐点を見過ごしてしまった。
適当な所まで戻り斜面を強引に下れば、芦屋市霊園への踏跡に出会う。
今日もさくら参道を下って宮川けやき通りに出る。神戸屋レストラン
の跡にビックビーンズという高級スーパーが出来ていたので、手頃な
値の野菜だけ買って帰る。近くのイカリスーパーは戦々恐々であろう。