摩耶山の麓から

Mt.Maya Without a Map

熊野川水系高田川 栂谷遡行・・・和歌山県新宮市

この夏に行きたかった沢に、ようやく行けた。梅雨明け辺りで

と思っていたのだが、中々天候が安定せずに8月下旬になった。

何しろ青春18切符で行くと、入渓点まで丸一日掛ってしまう。

8月23日の5時前に家を出て、新宮駅に到着したのは14時。

高田行きのバスの発車まで約2時間半の待ち時間。スーパーで

昼食と食糧調達を済ます。阪神間とは違う濃厚な暑さが堪える。

終点の高田に17時到着し、40分歩き栂谷に架かる栂の平橋。

今日はこの橋の下の段丘に、かろうじて一張り分の平地を見つ

けて幕営する。蒸し暑くてフライは張らない。すぐ寝てしまう。

翌24日は4時に起床するが、中々明るくならず5時15分に

出発する。やはり7月ぐらいに来れば良かったと少々悔やむ所。

何とか足元が判別できるほどの明るさになった。慎重に歩こう。

今回も、吉岡章氏著「関西起点沢登りルート100」を参考に

したので、以降の滝の高さ等は同書の記載に従う。しばらくゴ

ーロ歩きすると、全長50m高さ15mというナメ滝が現れる。

「滑り台にはややきつい」とか記されているが、実際の傾斜は

かなり急なように思う。それでも水際を普通に歩けて、ホッと

する。同書のグレードでは八池谷(八淵ノ滝)は1級だったが、

この栂谷は1級上とされている。八池谷の遡行記録が1級とい

うのが正しければ、とても我々には遡行は無理という事になる。

6m上部ナメを快適に登る。今日の装備はシュリンゲ4本だけ。

谷に沿って黒い取水パイプが敷設されている。その区間はある

意味さほど難しくないということだろう。ナメの多い谷という

ことで、カラッとした谷かと思えば、思いの外ウェットな感じ。

ナメL30mという所かな。前方の左岸が明るく見えるが、大

きく山抜けしている。両岸は植林帯なので、杣道もあるだろう。

だが自然林の美しさという点では、全く期待できない沢のよう。

家族はどうもへつりが苦手みたいだな。何だか怖々歩いている。

足元は秀岳荘のフェルト足袋。今日は用心して古い草鞋も予備

に持って来たが、此処までの所、使う必要は感じていないよう。

若い頃なら釜に飛び込んだろうが、そんな気はもう起きないな。

この谷では小さなナメ滝も、大きな釜を持つのが特徴のらしい。

水は緑色をして、栄養豊富のようだが魚影は一度も見なかった。

ナメや釜で遊び楽しみたいが、帰りのバスの発車が13時21

分。それを逃すとその次は4時間後で以降の行程に支障がある。

我々の足では、順調にいってもコースタイムの1.5倍は掛る。

遡行図に大釜と記された所だろうかな、右岸をへつるとあるが、

どう考えても沈しそうだ。左岸も巨岩が邪魔して越えられない。

中央の岩を越え流心に降りた。この日の最難関箇所だったかも。

大釜上のナメ滝L30mは、傾斜が緩くて普通に歩いて行ける。

遡行を開始してから1時間ほどだが、もうナメはお腹一杯てと

いう気分。いや栂谷のナメ床は、この先も延々続くのだという。

ナメ滝から巨岩が転がるゴーロを抜けると、正面が明るくなっ

た。高さ70mのヤケべグラだ。ここまでは両岸も穏やかな所

が多かったが一挙に迫力ある谷となった。見上げるが凄く高い。

もっとも流れは実に穏やかで、とても静かな場所だったりする。

新宮のスーパーで買った、ミニドーナッツで朝食休憩する。も

そもそとして不味いが、選択の余地がなかったので仕方ないな。

ナメ滝L30mから始まるナメ床は、全長300mと記されて

いる。最初のナメ滝は、遠目に見るほど難しくはなくて水際を

登って行ける。もっとも水量が多ければ、かなりむずかしそう。

どこまでもナメが続く。もう何処からが滝で、何処からが床な

のかは分からない。遡行図から見て此の区間では、もっと緊張

するのかと思ったが、水量が少ないせいか不安なく歩いている。

家族と前後入れ替わり振り返った写真。このアングルの写真は

良く見かけるが、やっぱり緊張感を表現出来ていない。他の人

の写真を見ると、スリップしたら止まらないと思われたのだが。

渓谷が大きくS字型に屈曲する所、両岸が険しく迫って薄暗い。

ハム的に此の谷で最も好ましいと思った所。水が本当に舐める

よう岩床を流れる。瀬音も小さく、とても静かで幽邃感がある。

上流に向かって歩いているのだが、下っているかに見えるほど。

それほど平滑なナメが続いている。家族はヤケベグラからワラ

ジを沢足袋の上に履いているが、そんなには変わらないと言う。

この谷では此処まで、虫は少ないし魚も見ないが、蛙が沢山い

る。先行する家族は、何度か岩と間違えてつかんでは、叫び声

をあげている。近寄っても動かないのに、行き過ぎると逃げる。

ワイドなナメL40mと記された所だろうか、どこもナメだら

けで判別がつかない。新品のワラジは履いた直後はよく滑るが、

半日も歩き擦れてくると、フリクションが良く効くようになる。

遡行図に老杉とあるのが、この大木だろう。大きな岩を巻き込

むように生えている。左に見えているのが、ガンガラ滝だろう。

水流右手の巨岩帯を登って行くが、流心の方が楽だったのかも。

今日初めての道標が現れた。ハイキングコースのようだが、周

囲を見回しても、踏み固められた部分ないし、相当荒れている。

だけどいざという時には、エスケープルートとして使えるかも。

大きな釜を持ったナメ滝12m。右岸に踏跡があって、辿ると

滝上まで抜けてしまう。泳いで流心の左手を登れば楽しいかと。

時間が無いので止めよう。余裕があったらもっと楽しめそうだ。

ナメ滝の上は、120mのナメが現れる。水流に磨かれて極め

て平滑だ。スリップすると滝下まで落ちそうだ。右岸に沿って、

古い残置ロープあったが、普通は頼らずとも抜けられるだろう。

源流部の三俣に到着した。左俣は急峻なスラブ滝。中俣はゴー

ロの積み重なるルンゼだが、我々は10m滝のある右俣へ進む。

流心左の側壁には、木の根が梯子のようだ。これを頼りに登る。

落ち口へ小さく巻き上がる。此処もスリップ注意とは記されて

いるが、今日の水量では心配なさそうだ。家族はハムを置いて、

どんどんと先に進んで行く。分り易い人で気持ち良いのだろう。

それもそのはず、明るいナメが40m・50mの長さで連続し

ている。此処も、よく栂谷の代表的なナメとして、ネット上に

写真が掲載されている所。傾斜は緩くて、普通に歩いて行ける。

先に登った家族に、いったん降りてもらって写真を撮り直した。

増水時には怖いだろうが今日は穏やか。下るのも怖くないほど

ただし当日の水量によっては、相当難易度が上がると思われる。

2:1の二俣を過ぎて、斜滝7mを登る。此処でも家族は岩と

間違えて蛙を掴んで悲鳴を上げていた。遡行図に記された滝は

此処が最後で、滝上に40mナメが現れた後は平流となるはず。

遡行図にある大岩だろうか。一辺30m位ありそうで半端なく

大きい。此処までは「関西起点沢登りルート100」の遡行図

通りに、歩いていると思っていたが・・。実は違っていたよう。

いくつか支流を見た後、顕著な二俣が現れた。左俣は数十mの

階段状の斜滝となっている。「関西起点沢登ルート100」の

遡行図には記されてない。現在地が分からないどうしようか?。

実はもう一枚、新宮山の会作成の「栂谷ルート図」を持ってい

る。それには斜滝が記されており、左俣を詰めると北尾根に至

る。帽子岩に出たいと思ったので、伏流している右俣に入った。

源頭部は遡行図に記されている以上に、分岐が多く複雑に思う。

とにかく適当に登り易そうな谷に入り、稜線を目指すことにし

た。岩がとても脆い涸れ谷から、不安定なガレを登って行った。

ガレ場から急峻な斜面に入ると、右に岩場の基部が見えてくる。

どうやら帽子岩の基部のようだ。遡行図よりも一つ南側の谷を

登ってきたよう。その辺りは不確かなまま帽子岩の上手に出る。

9時40分、帽子岩に到着した。此処には一般道が通じており、

梯子や鎖まで」設置されていて頂部まで登れる。山頂に展望が

無いので、実質的に此処が烏帽子山登山の目的地となっている。

南西に熊野那智大社の伽藍が見える。那智山の肩の草地は那智

高原公園だろう。キャンプ場がある。此処から那智の大滝へ向

けて下る登山道もあるが、一面の植林帯で魅力的ではなさそう。

帽子岩から10分ほど歩き、一等三角点のある頂上に到着した。

樹林に囲まれ展望はない。新日本100名山って何の事だろう。

分らない。山頂付近は濃密な照葉樹の森で、南紀らしい雰囲気。

10時5分、山頂から俵石コースで下山を開始する。良く踏ま

れ標識も多い良い道だ。高田まではコースタイムで2時間なの

で、我々の遅い足でもなんとか、13時のバスに間に合いそう。

照葉樹林の後は、ひたすら杉の植林帯をダラダラと下って行く。

石積みの残る住居跡が現れた。廃村となった集落・俵石だろう。

道端には、手回し絞り機の付いた電気洗濯機が捨ててあったり。

往時は数十戸の集落であったという。この道は熊野古道のよう

だと家族と話しながら歩いていたが、後で調べると伊勢道から

那智大社へ近道として歩かれたと云うから、まんざらでもない。

林道へ出るまでは思ったよりも長かったのだが、俵石登山口か

ら、テントを張っている栂の平橋までは、徒歩8分と近かった。

猛烈な暑さに追われ、大急ぎでテントを撤収して高田に向かう。

高田バス停には、12時6分に到着。バスの発車時刻まで一時

間以上確保できたということ。この道路の反対側には雲取温泉

がある。入浴料は500円。バス乗車前に汗を流す事が出来る。

13時21分発の新宮駅前行きのバス乗車する。往きは3名で、

帰りの客は我々2名だけだった。運賃は700円と高いが、路

線が有るだけでも有り難い。楽しくも充実した山行が終わった。