摩耶山の麓から

Mt.Maya Without a Map

京都で早朝散歩・・・阿弥陀ヶ峰の巻

早朝の散歩を始めてから3ヶ月ばかり過ぎた。習慣化して目覚ましを

かけなくても夜明け前には目が覚める。京都に来ていてもそれは同じ。

今回は九条通りの宿だったので、適当な所と考えて豊国廟を思い出す。

6時17分。鴨川を渡りJR奈良線東福寺駅横の二の橋踏切まで来た。

この踏切がちょっと面白い。京阪電車との併走区間であって二重踏切。

ところが両線の間に幅の狭い道路があるだ。右側に進むと住宅がある。

乗用車なら踏切の間で信号待ちできるが、トラック等は停車できない。

なんだか危ない気がするけど大丈夫かな。今熊野商店街を北へ進んで

智積院の角を曲がり女坂に入る。時刻は6時35分だがまだ々薄暗い。

左側は広大なフォーシーズンズホテル京都。右側に新日吉神社を見て

緩い坂道を登ると京都女子大の校舎群に入る。灯りが点いている所は

プリンセスバスの待合所。JR京都駅との間を往復し一般乗車も可能。

とはいえ事実上は京都女子大のスクールバス。女学生以外が乗車して

いるのを見たことはない。豊国廟は江戸時代に朽ち果てて300年間

放置されていた。現在ある建造物等は明治時代に再興された物だとか。

着いたのが7時前であり案内所は閉まっていた。登拝料は志納金箱に

投入する。観光客よりも500段程の石段をトレーニングに利用する

人の方が多そうだ。この時間なのに階段下では体操している人がいた。

昨夜の雨で石段は滑り易い。用心して登っていくとダブルストックで

駆け下りてくる人がいた。さて日頃の散歩の成果だろう。石段上りも

苦にはならない。ただ暑くて途中でフリースを脱いでザックに仕舞う。

家族も調子良く上っていたが、最後の後十数段の所でフラついている。

どうやら慣れない早起きに体が対応できなかったみたい。後で聞くと

後ろに転げ落ちると思ったそう。急な石段なのでまんざらな話でない。

6時56分、阿弥陀ヶ峰の頂上に到着。明治30年に造られた五輪塔

この工事の際、素焼きの壺に入った秀吉のミイラ化した遺体が出土し、

一応再埋葬されている。その割には豊国神社と比べ寂しい場所である。

北西が伐採され清水寺の伽藍が足下に見える。この景色がなかったら

訪れる人はもっと少ないであろう。もっとも此処に訪れるのは二度目。

眺望にはさほど魅力は感じない。今日は別のルートで下山してみよう。

東側の空が赤く染まっている。思いつきで来たので地図も何も調べて

いない。だけど過去の記憶から、東側に進んだら京都一周トレイルに

出るはずだと思い込んだ。薄い踏跡を信じて藪を分けること15分間。

どうも辿り着けないと山頂に引き返してきた。すると何のことはない。

五輪塔の南側に進む良く踏まれた道があった。多分ここから行けそう。

家族は街着のダウンジャケットを汚したくないと、裏返して着ている。

5分ばかり下っていくと広い道に出た。これを京都一周トレイルだと

勘違いして南西に進んでしまう。これも間違い。写真右側から下って

来たのだが、背後つまり北東に進めば京都一周トレイルに出たらしい。

プリンセスバスの車体が見えて、誤りに気がついた時はタイムアップ。

もう朝の散歩としては十分歩いた。秀吉を祀る壮麗な豊国社があった

という太閤担(たいこうだいら)も、今はバスの駐車場となっている。

少しでも違う道筋を歩きたいと智積院の裏側を歩いて来た。途中には

曼陀羅園という昭和初期の瀟洒な住宅街があったりして退屈はしない。

知らぬ間にJR東海道本線も越えていた。宿に戻ったのは8時半過ぎ。

 

 

今日のBGM


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COVERにしては、作成経費と再生回数がアンバランスじゃない?。