高校の授業で習った和歌等は、全くと言って良いほど覚えていないが、
山に関するものは多少記憶に残っている。すなわち大江山と逢坂の関
である。大津に住んでいた事もあるのに、その逢坂山は歩いていない。
JR山科駅を出て東へ向かう。道路標識に三条通の文字を見て驚いた。
京都に度々来るようになって認識を改めている。だが山科区まで続く
とは思っていない。さて逢坂の関は何処だったか判然としないらしい。
此の先の峠を越えて大津市内に下った辺りとか。今日の行程にはない。
国道1号線の北側を東へ詰めて行くと京阪京津線追分駅の前。料金に
問題なければ最寄り駅。更に東へ進むと摂取院という寺の門前に至る。
塀に沿って東側の山際に進むと、山道があるが入口に伐木が積み上げ
られていた。何らかの意図があるのかと深読みして、強引に進まずに
浅い谷沿いの踏跡を追う事にした。地形図にはそちらにも破線がある。
此れは間違いだった。浅い谷一面が伐採されていて作業路跡が残って
いる。東側の尾根に乗るべく破線路を探しながら谷奥まで進んで行く。
だが見つけられずに意を決して、スイッチバックするように藪に入る。
破線路も踏跡も見つけられないまま南東へ斜上して行く。思ったより
急斜面で不調の家族には悪い事をした。やっぱり伐木のバリケードを
乗り越えてでも、尾根尻の道に入るべきだった。反省することしきり。
四苦八苦の末に尾根に乗れば明瞭な道があった。何をしている事やら。
背の低い雑木林を淡々と歩いて行くと、やがて紅白に塗られた大きな
鉄塔が見えて来た。堅田線三五鉄塔。西から南西にかけて展望がある。
山科区の市街。稲荷山から清水山にかけての低い山稜。その向こうは
唐櫃越しの長嶺だろうか。南西には行者ヶ森・高塚山・醍醐山が一つ
の塊となって見えている。だがすぐ近くの音羽山は樹林に隠れている。
堅田線三五鉄塔から広くしっかりした尾根道となる。緩やかなアップ
ダウンを繰り返し北東へ進んで行く。すると路傍に意外な看板を見る。
NHKの伝送線埋設経路とある。電波の届き難い地域があるんだろう。
地形図を見ると四ノ宮の新興住宅街は三方を山に囲まれ、受信状況が
悪そうだ。稲葉台の背後に電波塔のマークがあるので、そこまで配線
していると思われる。続いて荒神口支線二九鉄塔。標高は約300m。
逆光だが南側に音羽山が見えて来た。その山頂には巨大な鉄塔があり
高圧線が北へ延びていた。それは此処よりも東側を走っているようだ。
今日も鉄塔巡りになる予感。鉄塔マニアではないが低山歩きには付物。
八角形のコンクリートの塊がある。銘板に菱形基線測点(国土地理院)
とある。この上に観測機器を置いて、地殻変動を観測するとのだとか。
大文字山、花山天文台、新山科浄水場と此処(追分)の4ヶ所にある。
その後も歩きよい道が続く。昨夜は河原町五条の宿に泊まった。一時
粉雪が舞っているのを見たが、山の上ではそこそこ降っていたようだ。
北西の風が吹いて雲が次々流れて行くが、気温はそれほどに低くない。
山城北線四〇鉄塔に到着。この高圧線が音羽山の頂上を経由している。
北側の如意が岳には、見えるだけでも20近い高圧鉄塔が立っている。
ほぼ平坦な道を北へ進むと、路傍に三角点がポツンと寂しげにあった。
三角点に立ち止まる人は少ないようだ。それもそのはずで少し先には
琵琶湖を見晴らす展望所がある。実質的に此処が逢坂山の頂上だろう。
滋賀県に住んでいたが、こんなに青い色の琵琶湖を見るのは初めてだ。
展望はあるものの頂上らしさに欠け、何となく居心地が良くなかった。
食事休憩にも早いので先へ進む事にする。小関越へ向けどんどん下る。
旧東海道の峠を大関越と言ったのに対して、この名前が付いたと云う。
此処は琵琶湖疎水沿いを歩いた折に一度越えている。大きな地蔵堂が
ある他は何もない。反対側の斜面は最近に伐採された植林地であった。
その中を北の谷奥に向けて道が続く。私製道標が一つか二つあるのみ。
峠から浅いとはいえ谷間を詰めるという一風変わった山道。この先も
複雑な地形が待っているような気がする。この下には湖西線の長等山
トンネルが通っている。逢坂山の頂上直下は東海道本線が通っていた。
初めて歩く山だが、列車では気づかない内に何度も通過していた訳だ。
谷間を詰め終えると平坦な尾根に乗った。しばらくで林道が交差する。
この林道は三井寺のもので進入禁止。それと別に寺へ下る歩道がある。
つまり林道は除いて四差路。新しい道標は「如意越」の道を示すもの。
2月1日に歩いた鹿ヶ谷の道にも如意古道という案内があった。それ
以降に新設された物だろう。三井寺起点だが、その点に少々難がある。
三井寺を通過するには500円の入山料が要る。如意越古道再興には
高いハードルである。実際にネットで参考記録を拝見しても、小関峠
や長等山から早尾神社に迂回する方が多い。団体山行は催行しにくい。
児石(ちごいし)を通過すると尾根が細くなる。京都側に車道が見え、
大きな建物がある。山頂直下とも云える場所だが、何の為の建造物か。
西大津バイパスの長等トンネルの真上で、その関係施設かもしれない。
主稜線の三叉路を東側に向かうと山頂らしき所に至る。やや乱暴とも
思われる伐採が行われている。巨岩が点在しているので座り込み昼食
休憩をとる。眺望は逢坂山頂上よりも劣るし伐採は無益な事だと思う。
三叉路に戻り東に向かう。そのまま進めば皇子山ゴルフ場に突き当り、
千石岩を経由して早尾神社に下れるが迂遠だ。すぐ谷へ下る道が分岐
するので降りて行く。地理院地図では破線が途切れている個所である。
斜降していた道も凹地に突き当って判り難くなる。踏跡も乱れた感じ
だけど取り敢えず下って行く。谷間まで下り着けば明瞭な道があった。
逆コースだと一瞬迷うかも知れない。道標は無かったように思われる。
琵琶湖西縦貫道路(西大津バイパス)に行手を遮られるが、建設以前
にあった歩道の通行権は確保されている。これは日本の道路行政にお
ける基本的な事のようだ。心配せずとも此処も幅広いトンネルがある。
何を言いたいかと云うと、山道も車道(自動車専用道路を除く)でも、
歩行者は積極的に通行権を主張し歩きたい。権利の上に眠る者は保護
されない。消滅時効を説明する伝だが、歩道の確保にも当てはまろう。
そんな事を言っても家族は聞く耳持たず。かつて競輪場があったので
西大津の地理は概ね分かる。京阪線で三条にでるのが近いが510円
と高い。JR大津京駅から京都駅へ240円。歩いて四条烏丸へ戻る。