この日は美ヶ原の宿に泊まる。その為茅野駅から松本駅に戻って来た。
駅の西口が再開発されていた。それに合わせ駅舎もガラス張りとなり、
北アルプスの連嶺を望めるようになっている。雲が掛り僅かに見える。
近くの牛めしの名店谷椿で御飯がもう無いと断られ、1km歩いて
ハルピン食堂で昼食を摂った。デニッシュが人気のサパンジに寄り
パンを買うという、観光客らしい時間を過ごす。送迎車は14時発。
ワゴン車に我々を含め客は6名。松本から1時間20分かけ宿に到着。
今夜泊まるのは美ヶ原高原ホテル山本小屋。この名前に美ヶ原開発者
という称号もあるよう。ホテルなのか山小屋なのか実に悩ましい名前。
そんな事がこの滞在の命題になるとは気づかず、部屋に荷物を置いて
飛びだした。明日の天気予報が良くないので、美ヶ原の最高峰王ヶ頭
に登っておきたい。とはいえ標高差85m。往復5kmのミニハイク。
たなびく雲の上に高嶺が見える。中央は鹿島槍ガ岳だろう。吊尾根が
特徴的だ。登ったのは三回だけだが、雪崩に遭遇したので思い出深い。
その右側に五竜岳。唐松岳は雲に隠れ、右端は僅かに白馬鑓だろうか。
山頂に立つル王ヶ頭ホテルを背にし振り返る。人気のホテルのようで
客を満載したバスに追い抜かれる。14時半に松本出発した便のよう。
その後も東西にある駐車場からの、送迎バスが何度も行き来していた。
ホテルの裏に回ると王ヶ頭の頂上。やや雑然とし所で魅力的ではない。
そのせいか三角点(点名・美ヶ原)も三等である。南西に向け石碑が
あるのは木曽御岳信仰か。そういえば背後の石仏も其方を向いている。
むしろ西側の眺めの方が印象的だ。王ヶ鼻の電波塔越しに見えている
のは穂高連峰であろう。王ヶ鼻まで行けばもっと展望が良さそうだが、
往復1時間かかる。それは諦め代わりに、帰りは展望コースを歩こう。
宿を飛び出て来たので散策マップなんて気の利いた物は持っていない。
昭和57年度版の昭文社地図だけ。それには載ってないのだが、南の
崖上を歩く歩道が設けられたよう。まず急斜面を九十九に下って行く。
そのまま下って行けば三城牧場に至る。遠い昔はバス便が有ったので
山行を計画した事があり、その名前を覚えている。足元はそのままで
屋根瓦や床に使えそうなスレート(板状節理が崩れた鉄平石)ばかり。
我々は崖上をトラバースし塩クレ場を目指す。百曲り園地まで2km
とあるが、何処の事か最後まで判らなかった。時刻は16時18分だ。
来るのに1時間だったので、18時からの夕食に十分間に合うだろう。
アルプス展望コースと名付けられた歩道。我々は北アルプスを背にし
歩いている。遅い時間なので前方に人影もなく、静かな散歩が楽しめ
そうだ。稜線は低く雲が無ければ、八ヶ岳や富士山も見えていそうだ。
崩落地を回り込むと烏帽子岩に到着した。岩場が岬状に飛び出ている。
道標に「これより先危険」とあるが、これは立ち寄らざるないだろう。
落ち行く夕日に照らされて、光が溢れている。実際以上に明るく思う。
初めて見る岩質。先ほどの鉄平石とも違うように思う。剥離した岩板
に乗ると、そのままズルズル滑って行きそうな気がして落ち着かない。
まず目に入ったのが北側の王ヶ頭ホテル。あそこから歩いて来た訳だ。
電波塔群を従えた山上のホテルは、ヨーロッパの城塞のように見える。
10月の値段は一般的なツインで2名一室5万円弱。それでも満室で
11月になってやっと数室空いている。我々にとっては正に高嶺の花。
此処にいたのは5分足らずだが、非常に印象的な場所だ。雲に隠れて
いるが穂高岳から槍ヶ岳にかけての山影は迫力がある。来て良かった。
見ている間に夕日がどんどん落ちて行くのが判る。もう帰らなくては。
烏帽子岩から僅かに南に進んだ所に、岩のテラスがあった。此処にも
立ち寄ろうと思ったが、若い女の子が二人いて大きな笑い声を上げて
いた。すぐ暗くなるので先へ進もう。何をしてるのか凄く楽しそうだ。
すでに薄暗いし寒いのにと思ってたら、二人も我々の後を追ってくる。
文字にするとギャアギャアって感じかな。本当に楽しそうで大きな声。
よく考えると昨日の蓼科山と似た状況だが、ちっとも不快に思わない。
その二人の声をBGMに、のんびり牧柵に沿って歩いて行く。薄暮の
空に満月に二日足らない月が浮かんでいる。東の空が夕日に照らされ
淡い紫色に染まる。日本百名山にある高原逍遥という言葉を思い出す。
西側の空も薄雲が茜色に染まっているが、夕焼けというほどではない。
明日の天気はどうだろう。予報では午後から雨になるという。なので
今を楽しみたい。この先は平坦な道を歩いて行くだけだから心配ない。
美しの塔には立ち寄らない。この塔自体避難シェルターに兼ねている
と後で知り、見ておけばよかったと思う。時計を見ると17時20分
を過ぎている。夕食前に風呂に入るという予定は諦めないといけない。
気が付くと後ろの二人の声が聞こえない。きっと王ヶ頭ホテル泊まり
なんだろう。美ヶ原はもっと俗っぽい所だと思っていたが随分違った。
ただ登山の対象としては考え難い。車山からの縦走も魅力を感じない。
17時30分、美ヶ原高原ホテル山本小屋に到着。一休みしたら夕食。
宿泊客は我々を含め5組10人。一番安い部屋を頼むとジンギスカン。
好きなので問題なし。他の方達はすき焼き鍋。牛、馬、鴨から選べる。
市販品より遥かに分厚いジンギスカンだけでも満腹。それに季節限定
で、松茸の土瓶蒸しを付けて頂いた。一人当たり一泊二食9900円。
松本からの往復送迎付きなので、十分にリーズナブルな料金だと思う。
今日出会った動物 美ヶ原口の崖上にいたカモシカ。送迎車を止めて
見せて頂いた。こんなに近いとシカは逃げるけど、カモシカは自分が
天然記念物だと知っているから逃げないらしい。昔は大台でよく見た。