摩耶山の麓から

Mt.Maya Without a Map

京都で早朝散歩・・・衣笠山の巻

今日の宿は京風に云うと、御池通相合図子通東入ルとでもなるのかな。

でも実際には普通に町名で呼ばれている。JR二条駅の西側エリアで

初めて滞在する区域。外国人向きに小規模な民泊やホテルが点在する。

馴染みの食堂が徒歩9分以内と我々には居心地の良いローケーション。

金閣寺龍安寺も徒歩圏内。さて今日は衣笠山を目標に歩いてみよう。

4時45分に外に出ると既に明るい。もっと早く起きないと駄目だな。

初めて歩く道を選んで立命館大学の正門まで来た。衣笠山は目の前だ。

標高は201m、比高差は119m足らずだ。来たのは四度目なので

少し違った所を歩こう。一般道は北へ車道を辿って幼稚園前が登山口。

今日は市道183号線(通称きぬかけの路)から直接取り付いてみる。

立命館大学バイク置場入口を西へ過ぎると、山に入っていく道がある。

発砲禁止の張り紙を見るとバイク置き場のフェンスに沿って北へ進む。

そのまま進めば衣笠幼稚園前からの道と合流するが、少し開けた所で

西へ上って行く踏跡がある。野鳥用の巣箱が幾つかあるが初めて見る。

最初の内こそ杉の落葉でハッキリしな道だが、上るにつれ明瞭となる。

道は一直線に頂上を目指していく。暗い杉の人工林から雑木林となり

足元にシダが現れると山頂は近い。モチツツジが花を咲かせているが、

もう終わりかけ。摩耶山ツツジを見ることもなく季節は進んで行く。

頂上から比叡山の眺めが良い。太陽は既に高く昇っており完全な逆光。

シルエットだけでも横高山と水井山のツインピークスが印象的である。

少し立ち位置を替えれば北に比良山系の山々、南に大文字山も見える。

足元に鹿苑寺の伽藍。金閣も見えているが朝日に輝くという事はない。

むしろ佛教大学の学舎の大きさに目が向く。此処ではよく人に出会う。

この日も遭うのではと思っていたが、6時ではさすがに早かったかな。

結局山中では誰にも会わなかった。さて下山にかかろう。まだ時間が

あるので西側に下りてみよう。新しい境界杭には龍安寺の刻印がある。

一般道を衣笠幼稚園に向けて下って行くが、すぐに西側に道が現れる。

地理院地図にも破線が記されているシダ藪がしっかり刈られた良い道。

衣笠山の西面には実に7基もの陵墓がある。それが全て地理院地図に

記されているので地形や破線が読み辛い。記号にして貰えないのかな。

下って行くと一條天皇陵の石垣に突き当る。右へ上って行けば成就山

まで縦走する事もできる。下って行くと細かい砂利が敷き詰められた

陵墓の前に出る。するとパッと明るくなって嵐山方面の展望が広がる。

向って左奥が恐らくポンポン山、手前中央辺りに松尾山や嵐山山城跡。

右側の一際高いのが地理院地図に名前の記載がない482三等三角点。

点名は上山田。これほど明瞭なピークなのに名前が無いのは不可解だ。

石畳の参道を下って行くと龍安寺の裏手に出る。どこまでが宮内庁

管理なのか判然としない。現在のように陵墓が整備されたのは明治期

以降らしいので、標識杭や看板からすると龍安寺の敷地なのであろう。

イカー向けの比較的新しい注意書きがある。これを逆に読み解くと

物理的障壁を裏側に設けていないということ。23年2月の事件まで

ご近所の散歩等は容認されていたのかもしれない。指示に従って進む。

新緑が目に鮮やかな駐車場脇の通路を通り抜け、きぬかけの路に出る。

石庭を目的に来る観光客が圧倒的に多い龍安寺だが、桜や紅葉の季節

も十分楽しめる。この駐車場の回りには桜の大木が多く春は実に見事。

龍安寺南門から下って行き、龍安寺商店街、嵐電龍安寺駅を過ぎると

ひょっこり妙心寺北総門に出た。これは散歩コースとして嬉しい展開。

この境内は周辺住民の生活道路となっている。南総門へ通り抜けよう。

ふと振り返ると衣笠山が見えていた。意外に円錐形で優美な姿である。

宇多天皇が真夏に雪が見たいと白絹を掛けたという故事もまんざらで

ないな。この後は南東へひたすら下って行き宿には8時前に帰り着く。

 

山頂からのパノラマ

 

今日のBGM 


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