摩耶山の麓から

Mt.Maya Without a Map

琵琶湖疏水ハイク・・・大津から京都へ 

昨夜はJR京都駅八条口から、徒歩10分程の宿に泊まった。料金は

亀岡市内の半国山へ行くために、昨日一日で使った交通費とほぼ同額。

料金に含まれる朝食バイキングが素晴らしく、十分満足させて貰った。

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京都駅の八条口というと、昔に夜行スキーバスで通過したぐらい。初

めて来たと言っても良いかも。ここ数年に建設されたホテルが林立し、

コロナ禍の状況で、大幅な供給過多になっている事は想像に難くない。

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JR(200円)で大津駅へ。駅ビル内の観光案内所で市内の地図を

頂く。30年以上前に住んでいた事があるが、駅前の様子はそれほど

変わっていない。寂れたアーケード商店街を琵琶湖岸に向かって下る。

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未だに開発途上という感じのする浜大津。500m程も歩道橋が続く。

便利なようで新たに繁華街が形成されない悪弊。JR大津駅から京阪

浜大津駅まで、印象に残ったのは異様に大きな滋賀銀行の建物だけだ。

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そう思うのも過去に住人だったからだろう。今日のハイクのスタート

地点は三保ヶ崎。まず見えるのは琵琶湖疏水第一揚水機場。一直線に

伸びる水路の奥には、三井寺観音堂が見える。時刻は10時20分。

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京阪電気鉄道石山坂本線を渡ると大津閘門が現れる。この付近はかつ

て自宅から皇子山公園を周回するランニングコースにしていたのだが、

その頃は何だか古い物が有るなって、ぐらいにしか思っていなかった。

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というか琵琶湖疏水の実態も今まで全く知らなかった。今回歩こうと

思ったのは、なぜか家族のスマホ琵琶湖疏水観光船のCMが表示さ

れたから。たぶん以前ルミナス神戸の倒産記事を検索したからだろう。

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観光船が運航されているとも知らなかったが、疏水沿いを大津から京

都まで歩ける事も全く知らなかった。第一トンネル東口。伊藤博文

揮毫した「氣象萬千」なる扁額があるというが、遠くて読み取れない。

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第一トンネル上の山は南側の住宅街を巻いて行く。第二・第三トンネ

ルもおおむね同じ。実は山を越えるハイキング道があるかもと、少し

期待していたのだが、普通の車道だった。滋賀県名物の飛び出し坊や。

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交通量の少ない小関越えの道を歩いて行く。三井寺からの歩道が右か

ら合流する。拝観料(600円)が必要だが、寺社に興味のある方は、

組み合すのも良いだろう。峠には地蔵が立派な御堂に安置されている。

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ここまで大津市の設置した案内板に誘導されて歩いてきた。峠を越え

ても、まだ大津市域があるようだ。車道から離れて歩道を下って行く。

ようやく趣が出てくるかと思ったが、畑地や資材置き場などが現れる。

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左側に何かある。案内板によると琵琶湖疏水第一竪坑(シャフト)だ

という。ハイクの途中に、細かい説明文を読んで理解する根気がない。

後で疏水記念館で役割を知った。この下に疏水のトンネルがあるはず。

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住宅街まで下った所で少々迷う。第一竪坑の位置から、左側に疏水が

現れるかと思っていたが違った。京阪四ノ宮駅の方向へ進んでみよう。

もう山科区だと思っていたが、後で調べるとまだこの付近は大津市内。

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北側へ歩いて行くと第一トンネル西口に出会う。立派なモミジの大木

があるので、紅葉の頃に来れば素晴らしいだろう。毎年同じように咲

いているのだろうが、今年はやけに曼殊沙華の花をよく見る気がする。

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此処まで車道を歩いてきたが、車止めがあり砂利道になる。どうやら

その辺りが京都府滋賀県の境だったんじゃないかな。疏水の流れが

速いことに驚いている。落ちると這い上がれずに流されて行きそうだ。

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四ノ宮船溜を疏水観光船が走って行った。蹴上~大津間が5000円、

それが紅葉の時期には8000円となる。ちょっと気軽に利用できる

金額ではないが、定員が12名なので採算をとる為には妥当なのかも。

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四ノ宮船溜から諸羽トンネルを広い歩道が迂回していく。此処が水路

であれば何もトンネルを掘らなくてもと思ったが、実は昭和49年に

湖西線工事の際に建設されたトンネルで、この道が旧水路だったそう。

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そういえば直ぐ近くに湖西線が走っている。理由は分らないけど堰堤

が崩れることを恐れたのかな。トンネル西口の真上には住宅が建って

いたりして不思議だったけど、後付けの工事だったからだと納得する。

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諸羽トンネル西口から安朱三角橋の間は、黄色い花が咲き乱れていた。

後で名前を調べるとキバナコスモスというらしい。最初はコスモスと

混植したのだろうが、繁殖力旺盛なこの花が、ほとんどとなっている。

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この時はコスモスとは葉形が違うので、何の花か分からない。適当に

マリーゴールドじゃない。」って言ってみたら、突然あいみょん

同名の曲が聞こえてきた。右岸の洛東高校の体育館で使っているよう。

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水路の幅が広い所にはセンターラインが引いてある。この辺りでやや

飽きてきた。山科区内の3.3kmはランニングコースと設定されて

いるが走るぐらいが適当かもしれない、景色が変わらず冗長に過ぎる。

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桜や紅葉の時期に来れば又違うだろうが、逆に人出も相当多いだろう。

それも嫌だなって我が儘な事を思う。左岸に針葉樹の大木が並ぶよう

になると天智天皇陵だが、景色が変わる訳でもなく淡々と行き過ぎる。

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第二トンネル東口でランニングコースは終り。このトンネルは短くて

124mしかない。南側の住宅街を回り込んで戻ると、すぐに西口へ。

次の第三トンネルとの間隔もごく短い。右岸には水道局の施設がある。

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第三トンネルの東口。初めて近寄って扁額の文字を読むことができた。

過雨看松色とある。当時最新の建築物にしては文学的なように思える。

もっと気宇壮大な言葉が多いかと思っていた。揮毫したのは松方正義

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第三トンネル(850m)を迂回する為に三条通りへ出る。出版社や

印刷所の並んでいる。この道をかつて京阪電車京津線が走っていた。

現在は京都市営地下鉄。その御陵駅から蹴上駅までを歩くことになる。

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この峠越えが辛かった。広い歩道はあるけれど、交通量の多い車道は

ストレスとなる。いつも思うけど京都市内を走る車は異様にスピード

を出している。広大な蹴上浄水場を見て、京都って大都会だって思う。

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浄水場の向いに道標があり、日向神社の鳥居を潜って行くと蹴上船溜。

参道脇の住宅は細かく区切られた長屋で、ちょっと興味を引くが由来

などは分らない。そろそろ足も疲れて僅かな坂道も重荷に感じている。

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観光船の蹴上側乗り場が、右手に見える水道施設内に設けられていた。

これで一応は初期の目的を果たした格好。あとは阪急河原町駅へ歩く

だけなんだけど、前回に見逃した所もあるので、少し観光して帰ろう。

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蹴上発電所の送水管。この右手に歩道が伸びていたので何処に通じる

かと疑問に思うが、豪壮な邸宅の裏を進むので気が引けて帰って来た。

これが何有荘という曰くつき別荘。オラクルのCEOも関係している。

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インクラインへ戻ってきた。疏水沿いを完歩するなら、此処を下って

行くのが本当だろうが、見たい物が有るので右側の歩道を降りていく。

それがインクラインの下を貫く「ねじりまんぼ」という煉瓦トンネル。

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インクラインの重さに耐えられるよう、トンネル内壁の煉瓦が斜めに

巻いてある。荷物を満載した小舟が、台車に乗って行き交うのだから、

それに耐える工法なのだろう。そこまでして通行を維持する理由は何。

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というのが疑問になって来る。「ねじりまんぼ」から北東へ直進する。

右手が件の何有荘。左手は南禅寺派の金地院という寺院。突き当りに

山門があり抜けると南禅寺の境内のよう。この通行が重要だったのか。

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拝観料が要るのではと恐る々歩いて行くが料金所はない。京都の寺に

しては珍しいと思うがどうなんだろう。敢て想像すると禅寺だからか。

美しい境内を維持するにも多額の資金が必要なはず、少々申し訳ない。

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見たかった疏水の水路閣。上ってみると想像に反して水は右から左へ

流れていた。家族が上流側へ水路沿いに歩いて行くと、蹴上発電所

送水管へ出たという。疏水の分水路で、下流哲学の道から北白川へ。

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最後に京都市下水道局の琵琶湖疏水記念館(入場無料)に立ち寄った。

歩いて来た疏水の歴史を、映像や資料で知る事が出来て、疏水ハイク

の〆に最適な場所だと思う。途中の冗長さも忘れ僅かな達成感に浸る。