仙台行きの航空券を購入した後、地図を見ていたら或る事に気づいた。
仙台・山形・福島、三つの県庁所在地が、各県の面積に比べ妙に近い。
それに米沢を加えれば鉄路が環状に繋がる。それを元に旅程を組んだ。
米沢では観光する時間がないのが残念。青っぽい話だが日本史で一番
尊敬する人物が米沢藩主の上杉鷹山。でも駅付近には謙信に関する案
内しか見当たらない。上杉家が藩主となったのは謙信の没後なのだが。
米沢駅前から8時10分の白布行バスに乗る。潰れた百貨店が目立つ
市街に比べ、謙信を祀る上杉神社周辺の箱物が大層立派でチグハグだ。
バスは白布温泉を抜けて、天元台ロープウェイ湯元駅に8時48分着。
乗客は我々を含め5名。このロープウェイは若干短く標高差400m
しか上がらない。高原駅は標高1350m、さらに3基の夏山リフト
が運行されている。高いと思いつつ通しの券を買う、1名2040円。
ホテルやレストランが点在するゲレンデ抜けてリフトに向かう。米沢
駅でも見かけた日本百名山・西吾妻山という幟。しかし吾妻山という
広大な山塊が選ばれているのであり、西吾妻山はその一峰にすぎない。
昨日の蔵王でゲレンデを歩く疎外感をたっぷり味わったので、料金の
高さを不満に思いつつも、夏山リフトをあっさり選ぶ。でも一番短い
一基目は歩いても良かったかも知れない。北側に遠く飯豊山系を望む。
昭和62年建造のペアリフトは恐ろしく遅い。厳冬期はとても寒くて
乗っていられないだろう。コースレイアウトも単調なので、他のスキ
ー場が閉鎖した後の春スキーにしか需要は無い。とか勝手に想像する。
全長1220mの3基目のリフトを降りると、そこは標高1820m。
山頂までの比高差は200mに過ぎない。それ故この山には余り期待
していなかった。冒頭に書いた行程の近くにあった観光地に過ぎない。
リフト終点からの登山道は二手に分かれていた。ロープウェイに同乗
した方は、中大巓・人形石を経由する左の道に入られた。ロクに下調
べしていない我々は山頂に近い右の道を選ぶ。この選択はどうなのか。
リフト終点から15分程歩けば、かもしか展望台にでる。累々と積み
重なった岩が半ば埋もれている。休憩適地。此処で2度目の朝食を摂
る。泊まったビジネスホテルは朝食付きだったけど、正直不味かった。
かもしか展望台から主稜線を超えると景色が一変する。周囲の樹々は
疎らになり空が広い。木道が設けられており高原逍遥といった雰囲気
となる。事前に予備知識がなかっただけに、多少の驚きをもって見る。
木道は主稜線を外して湿原に続いている。此処が大凹という場所だろ
うか。後でネットで西吾妻山を検索すると、必ず出てくる風景だった。
やや草が色づき始めている。もう半月もすれば草紅葉となるのだろう。
湿原の池塘越しに見える山々は、中吾妻山、東吾妻山、一切経山など
だろうか。これらを縦走してこそ吾妻山を登ったと言えるのではなか
ろうか。避難小屋が点在して、難しくはなさそうだが体力が及ばない。
大凹から灌木帯の登りにかかる前に水場があり、粋な古看板が置いて
ある。泉という字を中央に、「ここに泉あり」「山の泉とわに清く」
と十字に書かれている。一口飲んでみたが冷たくて美味しい水だった。
こういう風景を見ると思い出すのが「少年老い易く学成り難し」から
始まる漢詩。もっとも「未だ覚めず池塘 春草の夢」の池塘とは単に
池の堤の意味で、日本語で言う場合の高層湿原の小池とは違うだろう。
そんな事を考え乍ら歩いていると、前を歩いていた家族が見当らない。
何処へ行ったと探すと、前方の岩場を家族が小走りに駆け上って行く。
何を考えているのだろう。下から見ていると危なっかしくて仕方ない。
昔から気持ちの良い場所に来ると足の速くなる人だ。ハムはそういう
所はゆっくり味わいながら歩きたい。きっと空に向かって「晴れろ!」
とか言っているんだろう。湧き上がる雲は湿っぽく、夏の雲ではない。
上ってみれば岩のピークではなく、巨岩が積み重なる平坦な所だった。
梵天岩というらしい。前に見える緩やかな頂が西吾妻山の山頂だろう。
標高差僅か200m程の間に、これだけ見所があるとは思わなかった。
続いて現れるのが天狗岩という岩原。ここは前方に見える祠には向か
わず、左へ向かう登山道に入るのが山頂へ近い。でも景色が良さそう
なので立ち寄ってみようか。11時20分、まだ急ぐこともないはず。
立派な神社が祀られていた。大抵は山頂に設けられるはずの社が此処
にあるのは、景色が良いからに違いない。天に一番近い所って事かな。
そう意味では西吾妻山の山頂は、昔の人にとって此処だったのだろう。
その間に梵天岩で休まれていた御二人が先に行かれた。漏れ聞こえて
来る会話からガイドとお客さんらしい。質問に丁寧に詳しく答えられ
ているし、危ない所では客の一歩一歩の足運びにも気を配られている。
景色が雄大なのでもう少し登るのかと思っていたが、後から地形図を
確かめると、梵天岩や天狗岩と山頂との比高差は30mほどしかない。
少し登ると道の中央に人がいて、「がっかり山頂です」と声が掛った。
そこが標高2035mの西吾妻山の頂上だった。僅かに道が膨らんだ
所に標柱があるだけ。普通は展望は無くとも最高所に登った感がある
ものだが、緩やかすぎてそれすら無い。此処だけ見ると魅力のない山。
西吾妻小屋へ向けて下って行くと前方に西大巓が見えて来た。さっき
出会った方は、この山の向こう側、福島県北塩原村のグランデコスキ
ー場から登って来られ、山頂から天狗岩等を周回して戻られるそうだ。
西吾妻小屋が見えてきた。この山の魅力は茫洋とした湿原にあるだろ
う。予備知識なしに来たが何となくそう思えてきた。先ほどのガイド
さんが、秋よりも夏の方が奇麗だと仰っていた。それも何となく解る。
西吾妻小屋はトイレ付きの大きく立派な小屋だった。昔なら泊まりた
いと思ったろう。この辺りで休憩したいが、小屋周辺以外は立入禁止
なので、どうしても木道に座って休む事になる。米沢で買ったトマト。
今日のように人が少なければよいが、休日などは休憩場所に困るかも。
ガイドさんが「また抜いて下さい」と言いつつ行かれる。ただ天元台
に戻られたようで、我々は若女平経由で下ったので抜く事はなかった。
若女平への分岐。背の高い標識は積雪期の為だろう。しばらく湿原の
中を緩やかに下って行く。白布温泉までは標高差約1200mも下る。
やがて湿原が終わると、樹林の中を岩がゴロゴロした道が下って行く。
これが歩きにくく辛かった。利尻山の沓形コース下部程でないにしろ、
昨日の雨で濡れた岩が滑り易い。用心して歩いているとどうしても遅
くなる。ストックを持った方達が軽快に下って行かれるのが羨ましい。
やがてアオモリトドマツの原生林となる。オレンジ色の標識が短い間
隔で取り付けてある。山スキー用の標識だと思うが、位置が人の背位
と低い。積雪期には雪に埋もれてしまいそうだが、どうなんだろうか。
若女平が近づき傾斜が落ちると、ダケカンバの純林となる。関西では
見られない林相なので興味深い。道もゴロゴロした岩が消え歩き易く
なった。若女平は確かに平坦地が続くが、展望や湿原がある訳でない。
若女平から下は、地形図のコンタが再び詰まっているので心配したが、
ずっと歩き易い道が続いた。周囲の樹林は針葉樹に変わり、最後の僅
かな部分だけ杉の人工林が現れた。白布温泉には15時30分に着く。
米沢駅行のバスの時刻まで1時間以上あるので、温泉に入っていこう。
水曜日は定休日の所が多く、中屋別館不動閣で入らせて貰う。日帰り
入浴は700円。細長い内湯が名物。出来れば此処に一泊したかった。
米沢駅からは奥羽本線の普通列車で福島駅に向かう。本線ではあるが
一日の運行本数は6本だけ。やはり車内の温度設定が若干低くて寒い。
もう遅いので市街を見る事もなく、ビジネスホテルに投宿してしまう。