冬のホテルの部屋は乾燥している。風呂に入り直しても寒気がとれず
暖房をハイにして寝るが、咳が止まらない。浴室に湯を張ったりした
が効果はない。咳き込むとギックリ腰が痛むという二重苦で眠れない。
ほとんど寝ないまま朝を迎えた。それでもホテルの朝食バイキングは
しっかり頂き、近くの停車場から伊野行のとさでんに乗車。車内で全
区間一日乗車券1000円を購入し、終点一つ手前の伊野駅前で下車。
JRの方が安いが観光的にはとさでん。JR伊野駅前からバスに乗り
勝賀瀬(しょうがせ)で下車。16分の乗車時間で運賃は500円と
随分高く思う。だけど乗客は我々二人だけだったから、仕方ないかな。
バス停から徒歩5分で北谷登山口へ。悠々たる仁淀川に沿って走って、
山里に辿り着いた気分だが、実はこの地点の標高は26mにすぎない。
下山中の道迷い事故が多いという土佐警察署の看板が設置されている。
陽を浴びてとても明るい北谷集落の奥に進む。坂道の上ではお婆さん
が、猫と一緒に日向ぼっこされていた。民家の庭先を失礼するような
感じにはなるが、道標が其処彼処にあるので大丈夫だろう歩いて行く。
山に入ると登山道は谷の左岸を斜上していく。急斜面に刻まれた道は
それほど良い道とは言えない。各所で雨に流された所がある。南向き
だけに土砂が乾燥し崩れやすくもある。ただし補修の手は入っている。
地理院地図には此の道は記されていない。今回も分県ガイド高知県の
山を参考にしたのだが、この道をピストンするようガイドされている。
だが片斜面の道をずっと歩き続けるのは嫌で、下りは別の道にしょう。
登山口から丸一時間も歩いてやっと尾根に乗る。弘瀬地区に下る道の
分岐点。標高919mの山の大きさを感じずにはいられない。それも
標高26mからだから正味の比高。摩耶山とはスケールが違っている。
最近は摩耶山へも六甲ケーブル下駅から歩く事が多いが、スタートの
標高が既に240mもあり、単純に考えると460m程の比高差しか
歩いていないのだ。次の分岐では産屋谷へ向かう水平道へ入って行く。
植林帯の中を進む道は少々頼りない。右上には尾根筋が時折見えるが
遥かに遠い。昨夜はハムが咳き込んだので、家族もろくに寝ていない。
いつも以上に歩く速度は遅いだろう。山の大きさも段々と堪えて来た。
産屋谷の徒渉点通過。2017年の遭難事故は、ここで道を失い谷を
強引に下った為とされているが、確かに分り難い所だ。分県ガイドは
此の区間を下りにとるよう案内しているが、上りならばまず迷わない。
驚くほどきれいに手入れされた植林帯。快晴の今日は日が差し込んで
明るい。とはいえ人工林に変わりないので、歩いていても楽しくない。
植林帯は1時間続いた。細い林道が交差するが登山道は斜上していく。
ようやく雑木林に出て来てホッとする。ここまで炭焼き釜跡を幾つか
見たので、かつて山全体が落葉樹で覆われていたはず。初めて来た所
ではあるが、そう思うと何だか寂しく感じる。主稜線はもうすぐそこ。
道標に従い東側へ進むと展望岩に出た。南から西が大きく開けている。
ゆったりと蛇行する仁淀川に目を奪われる。実のところ此の山に期待
していたのはこの仁淀川の眺め。高知県らしい風景と思うがどうかな。
左上には土佐湾が見えている。仁淀川の河口までは直線距離にすると
20km足らずだ。はたして近いのか遠いのか。今見えている仁淀川の
水面の標高は25m程しかない。実にゆったりとした流れと云えよう。
西に目を転ずると鷹羽ヶ森の頂上。残念ながら頂上まで植林に覆われ
ている。それ故に魅力的な山容でない。頂上より此方の方が居心地が
良さそうに思えたので、座り込み昼食にする。30分近く休んでいた。
山頂へは雑木林の尾根を辿るが、やがて林道に出てしまう。この道は
地理院地図にもガイド本の地図にも記されいない。だが登山道と何度
も交錯する。それも山歩きの魅力に関しては、大きな減点要素である。
植林帯の境を辿って行くと空が広くなった。頂上は人為的に伐採され
ているようだ。山頂からの展望は360度とはいかず、南側の仁淀川
は望むことが出来ない。やはり先程の展望岩が一番のビューポイント。
同定は出来ないが左の高嶺が、愛媛県の石鎚山(1982m)。右に
瓶ヶ森(1897m)笹ヶ峰(1860m)の連嶺が見えているのだ
ろう。冬期より春先に来れば、残雪が輝き素晴らしい景色ではないか。
ただ残念な事に頂上はパラダイス化している。杉の丸木に合板を金属
ネジで止めた下手な工作椅子やら。昨日の鷲尾山のスッキリした頂上
が懐かしい。苦労して登って来た所がここでは、ちょっと報われない。
山頂から直接南側の尾根に下るのだが、入口が分り難かった。最初は
踏跡程度だし藪も茂り気味。だが少し下ればはっきりした道となった。
植林と照葉樹林の境を下って行く。展望も無い単調な道で淡々と下る。
林道が何度か交錯し、植林帯を下って行くようになる。広い三差路に
出たりもする。うんざりな展開。そう云えば韓国の山に惹かれたのは
植林帯がほとんどなく、自然林をスタートから歩ける点だったりする。
細尾根を下って行くと仁淀川が僅かに見える所がある。切られた枝が
痛々しい。そうまでして確保する風景ではない。仁淀川は展望岩から
存分に眺められるじゃないか。どうもやらせ感が強くて不自然に思う。
産屋谷に向う水平道の分岐に戻ってきた。好みは人それぞれだろうが、
展望岩を先にしたコース取りで良かったと思う。登りよりも下りの方
が迷い易いので、標識の多い方を下りに取ると気分的にも楽に歩ける。
登ってきた北谷への道を右に見て弘瀬へ下る道に入る。ガイド本には
やや難解と記されているが、地理院地図に破線があるし、尾根の道は
しっかりとしている。北谷への片斜面の道をもう一度歩く気はしない。
明るい尾根から北向きの斜面を下るようになっても、良い状態が続く。
このまま弘瀬まですんなり下れるかと思っていたのだが、人家が見え
るころになって、急斜面の土砂が流れて道が消えている部分があった。
これは振り返って見たもの。下りだともっと厳しく思われた。最初は
薄い踏跡が有ったが、これより下方は消えてしまった。そこで頼りに
なったのが、青いプラ杭のマーカー。道の分岐や屈曲点に設けてある。
矢印は登り方向を指しているが、ここで道が曲がるということが判る。
このプラ杭が全行程に設置してあった。普通に歩いていると全く気に
ならないし、自然に与えるインパクトも少ない。これは良いアイデア。
道を失ったのは一瞬で、青いプラ杭に助けられ登山道に戻る。民家の
庭先というか、畑を抜けるようにして道路に出る。ちょうど弘瀬橋の
袂に出た。ここには登山道を示す道標は無いので、少々判りにくい所。
なので逆方向の写真。コンクリで固められた通路が擁壁の階段へ続く。
弘瀬から20分歩いて元の勝賀瀬バス停へ。ギリギリで15時32分
のバスに間に合った。コースタイムは5時間だが6時間も掛っている。
公園町で下車して製紙業で栄えた伊野の町を、とさでんの駅まで歩く。
この日は食欲がなくて外食する気も起きずで、ホテルの部屋で簡単に
済ませてしまう。乾燥対策を色々試すが、就寝中の咳は止められない。