石垣島旅行2日目。今日の天気予報は午前中曇り、12時頃に前線が
通過して雨が降るという。そして明日そしては曇り、明後日は晴れと
いう予報だった。予定通り展望の期待できない順に登ることにしよう。
平得東のバス停6時55分通過の3系統バスに乗車する。行き先表示
は伊原間となっているが、時刻表に東回り一周線とあるように、米原
を経由してバスターミナルに戻る周回バス。空港で通勤客を降ろすと
我々を含め3組の観光客だけ。伊原間で16分間停車し平野行に接続。
8時に発車すると舟越から峠を越え、太平洋から東シナ海沿いに回る。
浦底湾越しに桴海於茂登岳を望むが、またしても頂上はガスっている。
富野で乗って来たお婆さんは5名の乗客を見て、「今日はお客さんが
多いね。」と言っておられた。8時30分米原ヤシ林入口で下車する。
県道を西へ少し進んで、知花食堂前の脇道を、山に向かって南下する。
月桃(げっとう)という優雅な名前の植物。ショウガの仲間というが
見た目からは分からない。白い花かと思いきや、蕾が開くと中は黄色
い花弁。花の香りを嗅いでみるが無臭だった。むしろ葉が香るそうだ。
そんな珍しい花を見ながら歩いていると、ほどなく道は直角に曲がる。
そのまま進むと米原ヤエヤマヤシ群落地。道標もなく道らしきも見当
たらずに、椰子記念館の駐車場まで進むが、どうも違うと戻ってきた。
やはり突き当りの砂糖キビ畑から入るのだろう。左手の畔を進んでみ
ると、密林に入って行く道があった。改めて写真を見ても何処か分か
らない。すぐにイノシシ除けのフェンスに扉があるので道なんだろう。
この付近は、かつて歩いたことのあるマレーシアの森より植物が濃密
で、正に熱帯雨林という感じだ。写真はサキシマスオウの板根。取水
パイプに沿って歩いて行くと沢に出たが、踏跡は見当たらなくなった。
一旦戻って斜面の道に入る。いつもは嫌いなマーキングだが、今日は
全面的に頼ることにした。粘土質の斜面は何処も固く、踏跡を足裏で
感じる事もできない。踏跡自体が地形と関係なくふらついている感じ。
やがて踏跡は右手の沢を渡り、斜面を登って行く。尾根に乗るまでは
十分に道と言えるレベル。幅も広く良く踏まれている。ひとしきり登
ると踏跡は左手に斜上して行くが、尾根筋と変わって陰湿な雰囲気だ。
可愛いキノコだと写真を撮っていたら、足元に何かうごめく者がいる。
家族の靴に着いた黒い物も動いてる。小さなヒルだった。慌てて虫除
けスプレーをかけると、ポロポロ落ちる。軍手で掴んでもすぐ取れる。
鈴鹿のヒルに比べれば扱い易いが、血を吸う事には変わりない。先行
していた家族は20匹以上、後ろのハムも10匹ほど引き剥がしたが、
全部取れたとは思えない。歩いていると次から次へ這い上がってくる。
鈴鹿のように木の上から、ポタポタ落ちてくるのはいない。数回立ち
止まっては引き剥がしていたが、キリがない。あるだけの虫除けスプ
レーを吹き付けて進むことにした。家族は既に何か所も咬まれている。
踏跡は桴海於茂登岳の標高300m前後の斜面をトラバースして行く。
後から考えると此の一帯がヒルの生息地であったよう。ウマヌファ岳
との鞍部を流れる沢に出た所で、もう一度ヒルを剥がし沢沿いに進む。
平流沿いに20分以上も歩く。興味深い特異な地形だ。花崗岩の真砂
の河床は、周囲の林相こそ違え鈴鹿の源流域に似ている。奥の二俣に
到着。前方にウマヌファ岳への道、右手背後には桴海於茂登岳への道。
まずはウマヌファ岳に登ろう。沢筋から尾根に出るまでは良かったが、
そこからの踏跡は迷走状態。非常に緩やかな斜面を、僅かに登ったり
下ったり。その上やたらジグザグに進む。踏跡自体が迷っているよう。
一つ岩を越えると、ようやく傾斜が上がる。ヒルや踏跡を辿ることに
追われ気づいていなかったが、陽が差している。後から知ったが此の
日、石垣島北部で31度を記録したというが、さして暑さは感じない。
山頂が近づくと、昨日と同じリュウキュウチクの藪となる。踏跡はし
っかりしているが、前方を行く家族の姿が数メートル離れると見えな
くなる。ふとダニはいないかと気になるが、今さら考えても仕方ない。
前方を歩いている家族が声を上げる。岩の上に出て展望が広がったら
しい。なるほど藪の斜面はまだ続くが、巨岩が山頂にかけて点在する。
その最下部の一つに乗った。上空は薄い雲に覆われてはいるが明るい。
振り返ると野底から島北部の山々。ところで家族は木ノ袋尾根で捻挫
した足が完治していない。整形外科で処方された痛み止めを服用して
いる。登りはまだ良いようだが、長い下りが続くと痛みが増すようだ。
二段に積み重なった巨岩に突き当たれば頂上直下。我々は左から回り
込んだが、岩の隙間を潜って行くこともできそう。此処にも石造りの
香炉があって拝所だったようだ。炉の中には古い硬貨が沢山入ってる。
積み重なる巨岩の中で一番高い岩に乗る。おそらく此処が頂上だろう。
昨日登った於茂登岳はガスに覆われている。まずは靴を脱ぎズボンを
めくりヒルを探す。やはり数匹いた。血を吸って丸々したのもいたり。
今日の昼ごはんは、ホテル近くの「よろずストアー」で買ったお弁当。
沖縄の弁当というと、容器から溢れるほど盛ってあることが多いけど、
石垣島は控えめな感じ。値段も350円と相応で特に安いと思わない。
昼食を終えたら位置を変えて、眺望を楽しもう。積み重なる巨岩の隙間
が笹に隠れている。落ち込まないよう慎重に歩く。前方は桴海於茂登岳。
この山に海は隠れるが、ウマヌファ岳からの眺望に奥行を与えてくれる。
北側の岩に乗ると川平湾がすっきり見えた。湾の背後に前嵩(263m)。
陽が差しているので、。ややガスっぽいが海の色が綺麗だ。予報では曇
りだったが、5日間でこの日が一番ましだったり、不安定な天候が続く。
南西に底原ダム。さして期待していなかったウマヌファ岳だが、今回の
旅行で登った山の中では一番。熱帯雨林から真砂の源流域と、道中に変
化もあり、山頂からの眺望も素晴らしい。もっと登られてもよいだろう。
奥の二俣まで戻り対岸の道を、桴海於茂登岳に向かう。此方の道の方が
よく踏まれているのでウマヌファ岳より、登る人は多いのかもしれない。
ガイド本には、旧日本軍のかまど跡とか、塹壕があると記されているが、
樹林に埋もれていたのか、見つけられないまま登って行く。下りに利用
したい別の登山道の分岐があるはずだが、それも分からないまま。展望
も無垢単調な山道だ。リュウキュウチクが出てくれば、山頂も近いはず。
ひとしきり藪を分けて登って行くと、背を越す藪の中にポツンと石柱が
あった。これは琉球政府と刻印とされた旧の三角点ということだ。周囲
に展望はないが、東側に藪を分けた痕跡と、北側には踏跡が続いている。
東側に藪を分けると岩がありその上に立てば、なんとか眺望が得られた。
北東方向にピークがある。新しい三角点はそこにあるというが、藪を漕
いでまで行く気にはならない。その向こう浦底湾の美しい青色が際立つ。
旧の三角点から北側に数メートル下ると、平たい岩があり展望が開ける。
細長い川平湾の全景が見て取れる。ポツポツと浮かんだ雲の姿が面白い。
写真には写っていないが、右手には巨岩が累々と積み重なる所も見える。
さて下山はガイド本に記されてある西側のコースに入りたい。頂上から
ずっと右手を注視して下ってきたが、踏跡らしきは見つけられなかった。
見つけたのは日本軍の壕跡だけ。仕方ないヒルは嫌だが元の道を下ろう。
道に被さる倒木に太い蔓。と思ったら大きな蛇だった。逃げてくれない
ので迂回した。サキシマスジオ(先島筋尾)という名らしい。再びヒル
の攻撃が始まる。先を歩く家族の踵には、黒い斑点が次々に増えていく。
トウキビ畑に出た後ヒルを引き剥がした。靴も脱いで探すが完璧でない。
人により耐性が異なるのか、家族は咬まれた時は痛むがその後は大丈夫。
一方、ハムは痛みは感じないが、数日後まで腫れと痒みが引かなかった。
帰りのバスの時刻までは2時間以上ある。知花食堂で「そば」を頂いた。
鰹節の出汁が香るやさしい味。小が350円、大が450円で値段も優
しい。おまけに白い果肉のパインも頂いた。美味しかったです御馳走様。
それでも時間を余すので、米原キャンプ場を見に行こう。三十数年前に
一泊した。当時は無料。長期滞在者が多い事で有名で、テント宛に郵便
が届くという噂もあった。それだけに雰囲気は悪く一泊だけで退散した。
昔は防風林の外と砂浜にサイトがあったが、今は内側の整備された平地
に設けられている。一人一泊400円なので、長期滞在者はいないよう。
場内には海用品のレンタル店が有ったりして、観光地っぽくなっていた。
米原16時22分の11系統バスでサンエー前まで帰ってきた。「よろ
ずストアー」でマンゴー味かき氷150円。家族に今日の感想を聞くと
「ヒルに咬まれたけど最高!」と言う。確かに充実し楽しい一日だった。